ショートストーリー

夏の妖精

 今回はリアルファンタジーなお話にしましょう。

みなさんは妖精と言うものを見たことがありますか?
月もなく、漆黒の森にまたたく星のような光を見たことがありますか?

 

昭和と言う年号が平成へと推移する半年ほど前の夏、私は友人と2人で4日間の行程で大分県湯布院から くじゅう連山を越えて阿蘇に向かうゆっくりとしたトレッキングの旅に出た。
先ずは くじゅう連山の法華院温泉を目指しヤマナミハイウェイと言う整備された道路をのんびりと歩いて行き、連山が見え始めたところから山のほうへと向きを変える。
その日はのんびりと温泉に浸かり次の日朝5時から 一つ目の山場(まさに山である)連山の中でも最高峰の中岳を目指して出発。
九州でも有数の火山群は辺りに硫黄の臭いを撒き散らして登山者を拒んでいるが用意していたガスマスクを使うほどの酷さでもなく無事に登頂できた。

今から向かう阿蘇方面を見下ろす。 まさに絶景! 絶句!
二人とも言葉を失った様にぽかんと口を開けてただただその光景を見ていた。
阿蘇はあたかも霞の中で横たわる涅槃像のごとく厳かに見えた。

小一時間ほど湯宿で作ってもらったおむすびを食べながら景色を堪能し友人と共に阿蘇に向かって中岳を下山し始めた。
夏の日差しではあるが標高が高いこともあり長袖の軽登山装備でも肌寒いくらいで、足元はごつごつとした岩肌で下りは特に用心が必要なのだと考えていた時にお約束のように前を歩いていた友人が足を滑らせて転倒。
幸い滑落するほどの傾斜ではなかったので擦り傷程度で済んだのだが、どうもその時に軽い捻挫を起こしたのを当人は気づかなかったらしく「大丈夫 たいしたことないっちゃ」・・・と笑いながら起き上がり何事も無かったかのように歩き始めた。

さて 予想通り彼の足に痛みが走り出したのは中腹のやや深い森の中に入ってからだった。
ともあれ足を冷やさねばと、耳を澄ましあたりにいくつも流れている川の方向を定め肩を貸しながらやや広めの川原へと降りてタオルに水を含ませて彼の足に巻く。
当時は気づかなかったらしいが見事に腫れ上がって痛々しい。
ふと気がつくと辺りにはすでに夕暮れが迫り山の端を赤く染めている。
さすがにこの森を夜歩くのはまずいので、今日はここでキャンプすることにした。
川原から少し上ったところに簡易テントを設営し、彼をその中に寝かせて焚き火で缶詰を温め、簡素な食事を用意する。
黄昏が終わると森は暗い。
焚き火に照らされている数メートル四方の先は漆黒の闇と呼ぶにふさわしい領域だ。
都会に住んでいると気づかないが人里離れた森の中と言うのは信じられないほど暗いのだ。

食事を済ませ2人で話をしている間に焚き火が勢いを失い急激に光を失い始めたので手元近くに置いておいた懐中電灯を手探りで探しているときにポツリと友人がつぶやいた。
「あれ・・ホタルかな?」
すぐそばにいる友人の顔がどこを向いているか薄っすらとしかわからなかったが、ゆっくりとその方向を見るとぽぉぉぉっと光が灯っていた。
すごくか細く小さな点のような暗い光だが確かにそれは森の暗闇の中で ひとつ・・ふたつ・・と目が慣れてくるにつれて数が増してくる。
気がつくと焚き火はうずみ火となり光を失ってしまっていた。
そしてその光の点は2人を取り囲む闇全体にちりばめられ、いくつかの集団は小さな輪を描いている。
「ホタルじゃないね 何やろ?」私も思わずつぶやいた。「点滅せんし、動かんもんな」
「いや ゆっくりやけど動いちょる 見てみ」すかさず友人が答える。
確かに、じっと見つめているとその点の配置が少しずつ変わっている。
なんとも不思議な光景なのだ、木の位置すらわからない暗闇の中に下りてきた星空を眺めているようで、既に2人とも距離感すら失っていた。
めいめいの光がのんびりとその表情を変えながら空間を作り上げていくのを何分?何時間?見つめていただろうか?

「こんなん見たことある?」 やっと声に出すことができた。
しかし 彼は無言のままだった。どうやら この妖精たちに眠りの世界に連れ込まれたようで耳を澄ますと川のせせらぎの音と小さな寝息が聞こえる。
ポケットからペンライトを出し時計を見ると午前0時を回ったところだった。
私はそのまま3時間ほどその光景を楽しんだ後、焚き火に薪を足し火を起こした。
多少名残惜しいが、そろそろ眠らなくては・・・
私は友人を起こし、交代を告げて眠りについた。

結局その光の正体はなんだったかって?

秘密ですよ ひ・み・つ

 

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シルフィード

今回はちょっと不思議なお話にしましょう。

もう30年以上前、私が高校生のころの夏の暑い日。
友人と2人で福岡の地元では有名な「英彦山」と言う山に登った時の話。
標高は1200m程度ですが、頂上の参道までの山道は割りと整備されていてそんなに険しいと言うイメージはありませんが、そのときの計画では登頂後そばにある「障子ヶ岳」と言う山を越えて筑前岩屋駅に下山する予定でした。
英彦山までは何のトラブルもなく頂上の神社で一休みした後にすぐに障子ヶ岳へのコースを取り、尾根伝いの道をまた登りに入ったころからやや雲行きが怪しくなって障子ヶ岳に登頂したときには山頂は雲に飲まれてしまい視界がほとんど無くなってしまってある程度晴れるまでは身動きの取れない状態のまま午後3時を回ったところで少しずつ雲が切れ始めたので友人と話し合った結果3時間あれば筑前岩屋駅まで降りることができるだろうと言う今考えるとあさはかな結論に至って予定のコースを下山し始めた。
さて どのくらい下ったかはわからないのだけれどまたも雲が濃く立ち込めてきてやむなくそこで立ち止まるしかなくなりその場に腰を下ろして時計を見ると既に5時近く。
これまた若気の至りと言うか2人の決断はなんと「暗くなる前に下りよう」・・・と。
視界が1mもない中を一応2人をロープで繋いで私が先になって下り始めた。
下り始めてしばらくたっても雲は一向にはれる気配はなく視界は足元が見える程度だけれどまだ十分に明るい。
ふと気になって時計を見るとちょうど5時・・・?!
そのとき友人に「どれくらい歩いたっけ?」って聞くと「さっき休んでから30分くらいだろ」・・と答えが返ってきたので「時計見てみろよ」って言うとちょっとびっくりして「そんなもんだったっけ? 急げばなんとかなりそうやね」・・と
首をかしげながら一歩踏み出そうとしたときにちょうど目のすぐ前を風が吹いた・・と言うか何かが通り過ぎたようだったので立ち止まると爪先のところで道が途切れ、そこにあった石を蹴ってみると恐らくはかなり深い崖であるだろうと思える石の転げ落ちる音がした。
ぞっとして身震いがしたが、すぐに右のほうから「そこはだめ こっち!」と言う声が聞こえた。
私はなんの疑いもなく「そっちか」と言って声のしたほうに足を進めた。
それからも時おり「こっち!」と言う声に誘導されながらなぜか自信を持って歩を進めて行った。
それは 何故かずっと前からその声に聞き覚えがあったからだ。
そして危険があるときは必ず「風?」が知らせてくれる。
「そうか!」その時に理解を超えた納得が頭をめぐった。
その後はその声を追うように足早に友人を引っ張りながら歩を進め視界がやや利くようになった頃には畑の端の道に出ていた。
全身の力がすっと抜けてホッとした時に耳元にふっと風を感じてそこを見ると手のひらくらいの大きさでエイと言うかクラゲと言うかそんな感じのモノがふわふわとうっすら浮かんでいた。
そいつは「やっと見えた?」・・・と赤い目で見つめ、すぐにまた風を残してどこかへ消えていった。
友人はと言うとひざに腕を突っ立ててぜぇぜぇと息をしながら人里にたどり着いたのを一心に喜んでいた。
すぐに近くを歩いていた人に駅までの道を尋ねると歩いて5分くらいで「大行司駅」だと教えてくれた。
なんと目的とした駅とトンネルをはさんだ反対側に下山していたのだ。
しかも大行司駅では予定より早い5時45分発の列車に乗車できた。
後から調べてみたのだが障子ヶ岳から大行司への登山道は無いし、途中で県道を渡っているはずだけれどそんな道を渡った覚えも無かった。
帰りの電車で友人が私に聞いた。
「おまえ山の神さんに友達でもおるっちゃろ?」
「なんで」
「なんでって うちらの周りだけ雲が無いちゅうのも変じゃろ?
 なんか道も知っとるように森ん中走って降りるっちゃけ」
その時に前にも何度か同じようなことがあったのを思い出した。
小学生の時にも山で迷って森の中をまっすぐ町まで走って降りたことがあったが確かあの時その声を初めて聞いたのだった。
「神さんやないっちゃ そやけど友達かな」
「そか 便利っちゃ便利やけど変なやつ」
「おかしいと思っとるやろ?」
「いんや 父ちゃん宮司やけんそんな話しにゃ驚かん」

・・とまぁ その変な奴のおかげで無事に山を降りることができましたとさ。

え? そいつはどうしたかって?
今でもたまにふわふわ飛んでますよ(^^)

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「帰郷」

ずいぶん昔の記憶の中にある1シーン。
10年ほど前に書いたお気に入りのショートストーリーです。



   「帰郷」

 森を抜け、その寂れた小さな町を通りかかった時・・ふと思った。
それは 何がきっかけというではなく、見上げた時に路地のすき間から映った
空の青さのせいか、その空に一筋引かれた飛行機雲のまぶしさなのか
それとも くすんだ木の壁に響く子供達の走り去る足音か・・・
いずれにせよ私の視界は夕刻の残照の中で色を失い、総てが時間の中を退行し始めた。

「帰郷(かえ)って見るか・・」
そう意識したのは、その小さな北の町で夕食を取り とっぷりと暮れた空の下を
国道まで走った後だった。
しかし そのハンドルは遥か西の まだ標識にも出てくるはずの無い街を目指していた。
何時間走り続けたのかは憶えていないが2度目の夕日が眩しい。
太陽は道が吸い込まれる山の中へと重さに耐えかねたように潰れながら飲み込まれていく。
その逆光の中にやっと見慣れた街の名前が通り過ぎていった。
「あと・・・500km」
それまで意識していなかったエンジンの鼓動が胸の下で高鳴り始めた。
それを制する様にその辺りではほとんど無いシグナルが赤へと色を変える。
「ふふ・・」無意識に笑って かなり手前でエンジンを止め 道端にバイクを寄せる。
日の落ちた残照の中を畑仕事を終えた老夫婦が牛を牽きながら横切っていく。
おやじはよそ者を怪訝そうに見送ったが おかみが人懐っこい笑顔で話しかけて来た
「どちらまでいかれますの?」
「九州・・まで」思わず なんとも懐かしい笑顔に会釈する。
「はぁ・・そりゃまだ長いわなぁ」
「あとひといきですよ」
「どちらから来なさった?」
「青森・・あたりだったかな」
「そりゃ大変だったわなぁ」
「ちょっと 帰って見ようかな・・って」
「郷ですか?」
「ええ・・・」
「そりゃあええ 気いつけていきなされや
 わちらの息子もとんと帰って来よらんでなぁ」
「あはは どうも・・・おばさんも気いつけてな」
「そいじゃ・・・」
老夫婦はそう言うと軽く会釈をして夕闇の中に牛をひきながら見えなくなっていった。
「さて!」
おもむろに少し冷えたエンジンに火を入れる。
ややもたつきながら やがて心音を安定し始めた。
もどかしげに腰を上げ 一気にクラッチをつなぐ。
今まで眠っていたマシンはいきなり咆哮を上げ そしてまだ浅い闇へと溶けていく。

やがて夜が白み始めるころ 辺りを包む朝靄に乗って懐かしい海の香りが漂い始める。
眠たい目に少しだけ笑いが浮かぶ。
「このトンネルを越えれば・・・」
ためらいも無く長い闇の中へと潜り込んでいく。
しかし 闇を抜けた瞬間から言葉にはならない、なんというか ごく些細な
空気のずれのような違和感が頭の中をかすめる。
「こんな・・だったかな?」
いくつか通り過ぎる見た事も無い建物と道路がその違和感の元だろう。
その感覚も 目に映る見覚えのある景色がかき消していく。
そして街を外れ やがてやや寂れたその町へと向きを変える。
「そうそう これだ」
自分の中でなにやら訳のわからない納得を繰り替えしながら
やがて 川のほとりにある小さな屋根が目に入って来た。
迎えてくれたのは 自分の予想よりも遥かに年をとったおやじだ
「帰って来たか・・・」
さり気なく不器用な笑顔は 時の隔たりを一気に叩き壊した。
その瞬間から 自分の中で止まって・・いや 止めていた故郷の時間が
ゆっくりと動き始めた。
中に入るとおふくろの笑う顔、昔と何が変わるわけでも無い
ただ 流れ始めた時がその歳月の深さを告げるだけだ。
その夜 酒を飲みながら過ぎて来た歳月の長さを確認する。
それはあたかも旅に出た訳と今ここにいる理由を確認するように
そして その想いを一気にグラスから体内へと流し込んだ。

次の朝 久々の暖かい床の中から気だるい身体を引きずり出し
ごくあたりまえのようにバイクのキーを握り締め ブーツに足を通す。
「なんだ もう行くのか?」
後ろからおやじがぶっきらぼうに聞く
「ああ また来る」
振り向くと おふくろが心配を噛み殺した笑顔で笑う。
「気をつけて・・・たまには連絡しなさい」
「ああ・・・」
そう告げてエンジンに火を入れる。
川にかかる小さな橋を渡り 少し坂を上ったところで一旦振り替える。
朝日が川面に反射し 眩む視界に眩暈を覚え、大きく瞬きをした。
その刹那、若き日のおふくろに追い立てられて学校に走っていく自分が
その視界の中を横切った。
思いっきり空を仰ぎ眩暈が落ち着くのを待って一気にクラッチをつなぐ。
一瞬だけの幻惑・・・
しかし 考えて見るとおかしな物だ・・・
この家から学校に通った事など無いはずなのだ。
生れてから何度も引っ越しを繰り替えした自分にとって
はたして故郷というものが何なのか?
それはどこに存在し、どれだけの意味を持っているのだろう
いつのまにか時間を止めてしまった自分の記憶だけがそれなのだろう
そして おやじやおふくろもこうして再会するまではその時を止めて
思い出という名の故郷をそこに共有しているのだろう。
再開する事で流れ始めた時間は一気に記憶を駆け上り 日常へとたどり着く
そうしてまた旅立つ事でその時間を止めるのだ。
今日という思い出をまた故郷という記憶に置き換えながら。
高鳴る鼓動はいつのまにか新しい道への期待へと変わっていた。

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