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「帰郷」

ずいぶん昔の記憶の中にある1シーン。
10年ほど前に書いたお気に入りのショートストーリーです。



   「帰郷」

 森を抜け、その寂れた小さな町を通りかかった時・・ふと思った。
それは 何がきっかけというではなく、見上げた時に路地のすき間から映った
空の青さのせいか、その空に一筋引かれた飛行機雲のまぶしさなのか
それとも くすんだ木の壁に響く子供達の走り去る足音か・・・
いずれにせよ私の視界は夕刻の残照の中で色を失い、総てが時間の中を退行し始めた。

「帰郷(かえ)って見るか・・」
そう意識したのは、その小さな北の町で夕食を取り とっぷりと暮れた空の下を
国道まで走った後だった。
しかし そのハンドルは遥か西の まだ標識にも出てくるはずの無い街を目指していた。
何時間走り続けたのかは憶えていないが2度目の夕日が眩しい。
太陽は道が吸い込まれる山の中へと重さに耐えかねたように潰れながら飲み込まれていく。
その逆光の中にやっと見慣れた街の名前が通り過ぎていった。
「あと・・・500km」
それまで意識していなかったエンジンの鼓動が胸の下で高鳴り始めた。
それを制する様にその辺りではほとんど無いシグナルが赤へと色を変える。
「ふふ・・」無意識に笑って かなり手前でエンジンを止め 道端にバイクを寄せる。
日の落ちた残照の中を畑仕事を終えた老夫婦が牛を牽きながら横切っていく。
おやじはよそ者を怪訝そうに見送ったが おかみが人懐っこい笑顔で話しかけて来た
「どちらまでいかれますの?」
「九州・・まで」思わず なんとも懐かしい笑顔に会釈する。
「はぁ・・そりゃまだ長いわなぁ」
「あとひといきですよ」
「どちらから来なさった?」
「青森・・あたりだったかな」
「そりゃ大変だったわなぁ」
「ちょっと 帰って見ようかな・・って」
「郷ですか?」
「ええ・・・」
「そりゃあええ 気いつけていきなされや
 わちらの息子もとんと帰って来よらんでなぁ」
「あはは どうも・・・おばさんも気いつけてな」
「そいじゃ・・・」
老夫婦はそう言うと軽く会釈をして夕闇の中に牛をひきながら見えなくなっていった。
「さて!」
おもむろに少し冷えたエンジンに火を入れる。
ややもたつきながら やがて心音を安定し始めた。
もどかしげに腰を上げ 一気にクラッチをつなぐ。
今まで眠っていたマシンはいきなり咆哮を上げ そしてまだ浅い闇へと溶けていく。

やがて夜が白み始めるころ 辺りを包む朝靄に乗って懐かしい海の香りが漂い始める。
眠たい目に少しだけ笑いが浮かぶ。
「このトンネルを越えれば・・・」
ためらいも無く長い闇の中へと潜り込んでいく。
しかし 闇を抜けた瞬間から言葉にはならない、なんというか ごく些細な
空気のずれのような違和感が頭の中をかすめる。
「こんな・・だったかな?」
いくつか通り過ぎる見た事も無い建物と道路がその違和感の元だろう。
その感覚も 目に映る見覚えのある景色がかき消していく。
そして街を外れ やがてやや寂れたその町へと向きを変える。
「そうそう これだ」
自分の中でなにやら訳のわからない納得を繰り替えしながら
やがて 川のほとりにある小さな屋根が目に入って来た。
迎えてくれたのは 自分の予想よりも遥かに年をとったおやじだ
「帰って来たか・・・」
さり気なく不器用な笑顔は 時の隔たりを一気に叩き壊した。
その瞬間から 自分の中で止まって・・いや 止めていた故郷の時間が
ゆっくりと動き始めた。
中に入るとおふくろの笑う顔、昔と何が変わるわけでも無い
ただ 流れ始めた時がその歳月の深さを告げるだけだ。
その夜 酒を飲みながら過ぎて来た歳月の長さを確認する。
それはあたかも旅に出た訳と今ここにいる理由を確認するように
そして その想いを一気にグラスから体内へと流し込んだ。

次の朝 久々の暖かい床の中から気だるい身体を引きずり出し
ごくあたりまえのようにバイクのキーを握り締め ブーツに足を通す。
「なんだ もう行くのか?」
後ろからおやじがぶっきらぼうに聞く
「ああ また来る」
振り向くと おふくろが心配を噛み殺した笑顔で笑う。
「気をつけて・・・たまには連絡しなさい」
「ああ・・・」
そう告げてエンジンに火を入れる。
川にかかる小さな橋を渡り 少し坂を上ったところで一旦振り替える。
朝日が川面に反射し 眩む視界に眩暈を覚え、大きく瞬きをした。
その刹那、若き日のおふくろに追い立てられて学校に走っていく自分が
その視界の中を横切った。
思いっきり空を仰ぎ眩暈が落ち着くのを待って一気にクラッチをつなぐ。
一瞬だけの幻惑・・・
しかし 考えて見るとおかしな物だ・・・
この家から学校に通った事など無いはずなのだ。
生れてから何度も引っ越しを繰り替えした自分にとって
はたして故郷というものが何なのか?
それはどこに存在し、どれだけの意味を持っているのだろう
いつのまにか時間を止めてしまった自分の記憶だけがそれなのだろう
そして おやじやおふくろもこうして再会するまではその時を止めて
思い出という名の故郷をそこに共有しているのだろう。
再開する事で流れ始めた時間は一気に記憶を駆け上り 日常へとたどり着く
そうしてまた旅立つ事でその時間を止めるのだ。
今日という思い出をまた故郷という記憶に置き換えながら。
高鳴る鼓動はいつのまにか新しい道への期待へと変わっていた。

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