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「無い物は無い」->「無い物は作る」

   「無い物は無い」

この言葉は ことコンピュータに関して言うと昔と今では正反対の意味を持っている。
今のニュアンスだと「何でも有るから無い物自体が見当たらない」と言うニュアンスだが昔は本当に「無い袖は振れぬ」的なニュアンスである。
実際に今のパソコンにはありとあらゆるソフトウェアが供給され、こう使いたいと思った物がほとんど揃っているのだが、当時のマイコンにはソフトはおろか キーボードやCRT(モニターのことだがまだグラフィック表示すらできない物)を制御する機能すら揃ってはいなかった。
マイコンは「何でもできる魔法の箱」と呼ばれていたがそれは潜在能力としての話であり、実はそれを引き出すためのソフトウェアが・・・いやそのソフトウェアを作る手段すらまともには揃っていなかったのである。
事実 高価なマイコンを興味本意で買った人達の大半はその壁にぶち当たり、魔法の箱は机の下や押し入れに置き去りにされ、いつしか粗大ゴミの山と化して行くのであった。
しかし ハッカー達はそこで考える。
「こいつは何でもできるが赤ん坊といっしょだ。言葉も知らなければ表現する事も知らない。
要するにコミュニケーションの手段から教えてやらねばならない。」
そこで先ず一列に並んだ発光ダイオードしか無い表現手段を数字や文字に置き換えられるようなプログラムを作り始めた。
キャラクターディスプレイと言う発想である。
計算の結果や判断が「YES」なのか「NO」なのか・・・・
無味乾燥な数字を羅列したプログラム(マシン語と呼ばれる命令を直接数字で書き込んでいく)から導きだされた回答が文字として表現できるようになった。
同時に入力手段もずらりと並んだビットごとのスイッチによる入力からキーボードと言うタイプライターのように文字や数字を直接入力できるようなプログラムも作り出した。
これで、最低限のマイコンと人間のコミュニケーション手段が確立した訳だが まだ入力は普通の人では理解不能な数字の羅列による入力で、とても対話と呼べるような物では無かった。
ハッカーはまた考える。
「大型コンピュータのようにプログラム言語を使えばプログラムが対話的にできるようになるのではないか?」
しかし、当時の電子部品環境は非常に厳しい物で、特に記憶装置(メモリー)のサイズも小さく高価であったためいかに簡単で効率的な言語を作るかがテーマであった。
苦肉の策で誕生して来るのが当時の大型コンピュータで稼働していたPL/Iと言う言語を単純化したTL/Iと言う言語だ。
画期的だった。
大型コンピュータのように高級言語でマイコンが動作するというだけでも当時は目を見張る物が有った。
その後は、BASIC PASCAL C ・・と次々と高級言語が開発されていく事になる。

つまりハッカーとはこういう人種だ。

      「無い物は作る」

今では笑い話だが、NECから本格的なBASICで動くマイコン PC-8001が発売された当時、OS=N-BASICと言う劣悪な環境で、プログラムをタイプするにはラインエディターと言って1行単位でしかプログラムを書き換える手段が無かったのだが、これではプログラムの効率が非常に悪い(実は大型コンピュータもそうだった)ため先ず私は今のWINDOWSに付いている「メモ帳」の様なテキストエディターを作った。

 「プログラムを作るために テキストエディターを作る」

当時のハッカー達はそれぞれに自分専用のテキストエディターを作った物だ。

考えてみると今でも開発をしている時に必要になるちょっとしたデータ変換やフィルター処理のプログラムなどは考える前に作ってしまうことが多い。
開発用のディレクトリの中にはその時にしか使わなかったような小規模な小便利ツールが山積みになっている(笑)
2度と使わないのに何故か消さない。
既に有る事すら忘れ去られている物がほとんどだが、時々発掘される事が有る。
そして実行させてみて 納得したように「ふふっ・・」とほくそ笑み、またそのままHDの片隅に埋没される。

註)そのようなプログラムが活躍する事が極希にあるが、そういったシチュエーションはとてつもなく緊急の場合が多いのは何故だろう?

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コメント

この記事で思い出しました。私がコンピュータ会社に入社した頃(1986年頃)、会社で作ったプログラムをクライアントに納品するとき、テキスト入力用のエディタや、日本語変換用のプログラム(今ならMS-IMEかATOK)は、会社の部長の手作りだった。なぜ?と聞いたことがあるが、プログラムを納品するときのライセンスの手間とか面倒なので自分で作ればただとか言ってました。今と違い、パソコンに最初から使えるプログラムなどほとんどついてなかった時代の終わり頃の話。 そして、あの部長もハッカーだったなあ。

投稿: kaa | 2012年4月22日 (日) 18時46分

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